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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)812号 判決

原告 瀬端甚三郎 外一名

被告 川村忠男

主文

原告瀬端は別紙〈省略〉目録記載(一)の建物につき原告本郷は同目録(二)の建物につきそれぞれ賃借権を有することを確認する。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を被告のその一を原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

被告は原告瀬端に対し別紙目録(一)記載の建物につき一ケ月賃料金一千七百円毎月末払期限の定めなき賃貸借契約の存続していることを確認し、被告は原告本郷に対し別紙目録(二)記載の建物につき壱ケ月の賃料金売千四百参拾円毎月末払い期限の定めなき賃貸借契約の存続していることを、確認すべし、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めその請求原因として、別紙目録記載の建物は(以下本件建物と称する)はもと訴外川村兼吉の所有であつたが

(イ)  原告瀬端甚三郎は、別紙目録(一)記載の建物を昭和十一年二月賃料一ケ月十三円で期限の定めなく、店舗並びに居宅として訴外川村兼吉から賃借しその間賃料は改訂せられて昭和二十八年春頃から昭和二十九年四月十四日までは一ケ月金千七百円となつた。

(ロ)  原告本郷春三郎は別紙目録(二)の建物を昭和七年十二月一日一ケ月賃料十一円で期限の定めなく、店舗兼住宅として訴外川村兼吉から賃借し賃料は昭和二十九年四月十四日当時一ケ月千四百三十円に改訂された。

昭和二十九年四月初旬頃、訴外川村兼吉は原告等に対し本件建物は腐朽が甚しいから敷地を地上げし土台も取り替えたいのでこの改造が終るまで一時立退いて、どこかに仮に移転してもらいたい、そのかわり改造が終りしだい引続いて原告等に賃貸して決して、第三者に貸したりなどしないと確約したので原告等はその言を信じて同月十四日までの賃料を支払い、同十五日近所に仮に移転した。

昭和二十九年七月七日夜原告等は右改修工事完了後の本件家屋借受けについて当時の家主川村兼吉より、この際改めて権利金として原告瀬端に対し金二十五万円原告本郷に対し金二十万円、賃料として一ケ月原告瀬端の分五千五百円、原告本郷の分四千五百円とする旨の無法な条件を持出され、その減額方を折衝したが家主は頑として応ぜず、しかるに訴外兼吉は同月三十日その実子たる被告に対し本件家屋の所有権を贈与し、被告は賃貸人の地位を承継したにもかかわらず、本件家屋を第三者に賃貸する準備をなすなど原告等の賃借権を否認する態度に出ているので、原告等は自己の従前通り継続存在している賃借権の確認を求めるため本訴請求に及んだと求べ、被告の賃貸借契約の合意解除の点を否認し、仮に右解除があつたものとしても、右解除の際訴外兼吉との間にそれぞれ修理完了後の家屋を賃貸する旨の貨貸借の予約がなされた。そこで原告等は右修理の済んだ後、それぞれの家屋を賃貸すべく折衝したが、右兼吉は右修繕には本件二戸の建物につき高々二十万円程度の費用しか出捐していないにもかかわらず前記のような甚だ高額の権利金や家賃を要求して一歩も譲歩せず、新契約は未だ合意成らずとして原告等に本件家屋の賃借権なしとする仕儀に出たが、もしかようなことが許されるとすれば、家屋の賃借人が腐朽家屋の改修後は家主よりいわれるままの権利金や賃料を支払わねば何時にても住みなれた生活の本拠や営業の中心を失わねばならぬ悪例を残すこととなる旨陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として本件建物はもと訴外川村兼吉の所有であつたこと、それを原告等がそれぞれの主張のように同訴外人から賃借し、その主張の日ここから退去したこと右建物が昭和二十九年七月三十日同訴外人からの贈与により被告の所有になつたこと、は認めるがその他の事実は争うと述べ右賃貸借契約は同年七月十五日当事者間において合意解約せられたものである。即ち、同年一月十日頃、訴外川村兼吉は本件建物の腐朽が著しいので同年二月末までに明渡すよう原告等に申入れたところ原告両名はこれを承諾したが右期間内に明渡をなさないのみか原告本郷は、五十万円寄こさねば明け渡さぬとその態度を変えたため訴外川村兼吉は原告等両名に対して建物明渡しの話は打切りにする旨通告した。ところが、同年三月中頃同訴外人が自分の娘の家屋の修繕を始めたところ、原告等は賃貸人側から新に何ら明渡の催告もないにもかかわらず本件建物をそれぞれ訴外川村兼吉に対し任意明渡しをなし且、明渡前日迄の賃料を、日割計算によつて支払い、賃貸人川村兼吉は原告本郷の敷金二十五円を同人に返還し、(原告瀬端の敷金は既に延滞賃料に充当されていた)、ここに当事者の合意によつて、本件賃貸借契約を解約したものである。

よつて原告の本訴請求は理由がなく失当であると述べた。〈立証省略〉

理由

本件建物はもと、訴外川村兼吉の所有であり右家屋につき原告等主張の通りの賃貸借契約がそれぞれ締結されていたこと昭和二十九年七月三十日右家屋は贈与により被告の所有になつたことは当事者間に争いのないところである。

然して本件賃貸借は昭和二十九年四月十五日当事者間において、合意解約されたかどうかの点について審按するに成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第三号証、同第四号証の一、二、同第七号証乙第一号証及び証人川村兼吉、同川村保、同福島栄、同本郷ハツ、原告両名並びに被告本人の各供述を、綜合すると、昭和二十九年一月中に当時本件建物の所有者であつた川村兼吉は本件建物を修理する必要上原告両名に対し、一時他に移転してもらいたい修理完成後は再び原告等に賃貸する旨申入れたので原告等もこれを応諾し同年四月十五日に至り原告両名は本件建物を同訴外人に明渡して近隣に移転したがその際右訴外人から、何れ原告等に入つて貰うのであるから畳建具等を保管していてくれとの要求により原告両名は本件建物の畳、建具をとりはずして自分等の商品等と共に向側の訴外福島栄方に保管の依頼をなした。またそれぞれ原告等名義の水道専用栓をそのままに残しておき、そのほか原告瀬端は、本件建物にあつた自己名義の電話架設場所もそのままにしておいた。その後、五月初旬頃原告両名は本件建物の賃借料を四月十四日までの日割計算によつて、訴外川村兼吉に支払つた。なお原告瀬端が差入れていた敷金はすでに延滞家賃に充当され存在しなかつたが原告本郷の差入れた敷金二十五万円は原告本郷の妻ハツに返還された。

同年七月十五日頃、本件建物の修理が完了しその知らせを受けた原告両名は同月十七日川村兼吉方を訪れたが同人から原告瀬端に対しては権利金二十五万円、賃料一ケ月五千五百円、原告本郷に対しては権利金二十万円賃料一ケ月四千五百円をもらいたいと要求されたので多少の賃料の増額修理費の負担を覚悟していた原告等も予期しなかつた権利金の請求や賃料等その要求が余りにも多額であつたので折衝したが応諾するに至らずその後、同月二十六日、原告本郷が原告瀬端の代理を兼ねて訴外川村兼吉に会い十万円出すからと申込んだか結局妥結するに至らず現在に至つた事実を認めることができる。

前記各証人や本人の供述中以上の認定に反する部分は信用せず他にこれを覆するに足る証拠はない。

以上一連の事実から見ると、前記のように原告等が家賃を日割計算を以て支払いまた原告本郷は敷金の返還を受けた事実からすると本件の当事者間においては右家屋の改修にあたり一応従来の賃貸借を解消する旨の合意のあつたものと認むべく、原告等主張のように従前の賃貸借をそのまま存続せしめるものと認めることは困難である。しかしながら前認定のように原告等は本件家屋から立退くに際して、前記のように訴外兼吉の要求で建具類を向側の福島方え預けたり、或は自己名義の水道専用栓をそれぞれそのままにしておいたし原告瀬端もその加入電話の設置場所を本件建物においてきたこと都会地において賃借人が賃貸人の要求により賃借家屋を終局的に明渡す場合には一般に賃貸人において立退料等の名義を以て保障をなすことの行われていることが公知の事実であるが、かようなことの本件にないことは、本件口頭弁論の全趣旨から覗われること、そして前記のように家主が家屋改修後は従前の賃借人に再び賃貸することを言明した事実を綜合して考察すると、本件の前記賃貸借解約の合意は単純無条件のものでなく、その際改修後はそれぞれもとの家屋につき原告等に対し相当賃料額により賃貸するという賃借人の一方の予約が成立したものと認めるのが相当である、この場合賃借人は修理完成後予約完結の意志表示をなせば足り、必ずしも家主に対しこれに承諾する旨の意志表示を求める必要のないことは民法第五五九条、第五五六条によつて明白である。而して前記のように右改修後原告等は家主方に赴き権利金や新家賃額を折衝したのであるが、それによつて原告等は右予約完結の意志表示をなしたものと認むべく、たとえその家賃額などにつき未だ具体的に協定成立せずといえども客観的に存在する相当賃料を以て賃貸借の本契約の成立ありたるものと認めるにさまたげなし、もし相当賃料の如きは当事者間に争あれば、結局において裁判所の判定を受ければ足りるのである。

しからば原告等はそれぞれ本件家屋につき賃借権を取得したものというべきであるが、右相当賃料額についてはこれを確認するに足る資料を欠いているので、原告等の本訴請求は単純に賃借権の確認を求める部分は正当として認容すべきも、賃料額までの確認を求める部分は失当として棄却するの外はない。

よつて民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用し主文のように判決をする。

(裁判官 柳川真佐夫)

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